草刈民代の夫周防正行との結婚までの馴れ初めは?【ダウンタウンなう】

皆さんこんにちは、このサイトを管理させて頂いているnagaといいます!
今回は8月9日に放送される

ダウンタウンなう【草刈民代は超鬼嫁?夫の周防監督が暴露▽朝ドラ俳優・山田裕貴】

に、草刈民代さんが出演するそうなので、旦那の周防さんや結婚までの馴れ初めについて少しまとめていきたいと思います。

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草刈民代

出典: https://ourage.jp/column/topics/120269/

本名:周防民代 旧姓:草刈

生年月日:1965年5月10日(54歳)

出生地:日本・東京都新宿区

身長:165㎝ 職業:女優・元バレリーナ

 

3姉妹の長女で、夫は映画監督の周防正行さん。

父は中央精版印刷株式会社社長の草刈龍平さんで、父方の祖父は元中央精版印刷社長の草刈親雄です。

川村小学校を卒業、川村中学校を卒業、川村高等学校を中退しています。

札幌五輪のジャネット・リンに憧れてバレエを始めて、1973年の時に小林紀子バレエアカデミーに入門して、1981年には牧阿佐美バレヱ団に参加しました。

1983年のデビュー以来、同バレエ団の主役クラスを演じるダンサーにめで成長して、その後数々の賞を受賞することとなり、1990年にはソビエト文化省招聘により海外で初めて公演を行った。

1996年、『Shall we ダンス?』で初映画出演及び初主演を果たして、同年の3月9日に監督だった周防と結婚しました。

1997年には、上記映画への出演に対して第20回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞やキネマ旬報新人女優賞など、数々の賞を取ることととなりました。

2001年では、草刈が憧れていたといわれる『カルメン組曲』への出演を果たしました。

そして2009年に、自身がプロデュースも兼ねた公演『エスプリ〜ローラン・プティの世界〜』最終日(4月24日)をもって、バレリーナとしての現役を引退することとなりました。

バレエダンサー引退後は、女優業に転身して、2010年に放映されたNHKの大河ドラマ『龍馬伝』にて、テレビドラマ初出演を果たしました。

2016年2月1日の時に、個人事務所からオスカープロモーションに移籍することとなりました。

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周防 正行

出典: http://cinema.pia.co.jp/news/162467/61861/

名前:周防 正行(すお まさゆき)

生年月日:1956年10月29日(62歳)

出生地:日本・東京都

職業:映画監督,脚本家

 

幼少時の頃は野球が好きで、野球をするためにわざわざ越境入学してまで武蔵工業大学附属中学校・高等学校に進学しました。

しかし中学2年生の時に肘を痛めて野球の道は断念する事となり、高校卒業後に2年間の浪人生活を送りました。
1981年に、立教大学文学部仏文科在学中に非常勤講師として来ていた蓮實重彦の講義「映画表現論」に出会い、卒業後は映画監督を目ざす事となります。

その後イメージフォーラム映像研究所に進みながら、高橋伴明・若松孝二・井筒和幸といった監督のもとで助監督として修行を積んでいき、1984年に、小津安二郎へのオマージュを含んだピンク映画『変態家族 兄貴の嫁さん』で監督デビューを果たしました。

『朝日新聞』では蓮實がその年のベスト5にあげて、その後に、矢島周平名義にてピンク映画にかかわりますが、1989年の『ファンシイダンス』で一般映画に進出し、1992年『シコふんじゃった。』、1998年『Shall we ダンス?』で日本アカデミー賞を、1992年には山路ふみ子文化財団特別賞を受賞する事になりました。

1993年にはアルタミラピクチャーズの設立に参加し、1997年7月に、「Shall we ダンス?」の全米配給で関係の生まれたミラマックスと、以後の映画製作に関するファーストルック契約を結びました。

2007年時には、太田出版の監査役に就任しました。

2008年、『それでもボクはやってない』が2007年度キネマ旬報ベスト・テン日本映画部門の1位に選ばれてて、2009年には草刈民代とともに第2回プラチナ夫婦アワードを受賞しました。
2011年6月に発足した新時代の刑事司法制度特別部会の委員に選ばれて「取り調べの全面可視化」「証拠の全面開示」「人質司法改善すること」を主張すなすた。
2013年には、『終の信託』で毎日映画コンクール日本映画大賞を受賞し、翌2014年、山路ふみ子映画賞において第31回文化賞を受賞しました。
2016年には、春の紫綬褒章を受章し、2018年3月13日より、立教大学相撲部の名誉監督に就任しています。

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お二人の馴れ初め

草刈民代さんと周防正行さんの出会いは、1996年に公開された映画『Shall we ダンス?』でのことでした。
この映画では、草刈民代さんが主演を務めており、周防正行さんは脚本・監督・原案を務めていたので、出会うきっかけとなったみたいですね。
映画がつくられる当初は、周防さんが主演を誰にするか決めておらず、バレリーナとして有名だった草刈民代さんの存在すら知らなかったみたいですね。
後に、周防さんは草刈民代さんという逸材が存在していることを知って、映画『Shall we ダンス?』の主演女優に抜擢したとのことでした。

出典: https://renote.jp/articles/13274

映画の撮影がはじまった後は、映画をプロモーションするために、二人は一緒にいる時間も長くなってゆき、毎日二時間電話で話をする関係へと進展していきました。
当初は草刈民代さんは周防正行さんに好意をもっていなかったとのことですが、周防さんのほうは好意をもたれていると勘違いしてしまったそうで、色々とありつつ、草刈民代さんと周防正行さんは1996年3月9日に結婚たそうでが、勘違いがきっかけだったというのはかなり恥ずかしいところですね。

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まとめ

  1. 草刈民子
  2. 周防正行
  3. お二人の馴れ初め
  4. まとめ

以上が今回の記事になります。

草刈民子さんと周防正行さんの馴れ初めは、結構一般的だったのかもしれませんが、周防正行さんが勘違いをしてそこから一気に関係が進んだのは、かなり面白いですね。

これからも幸せの家庭を築いて欲しいですね。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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