直木賞作家の伊集院静が生き方術を教える!その経歴と過去とは!?【世界一受けたい授業】

皆さんこんにちはこのサイトを管理させて頂いているnagaといいます!
今回は2月9日に放送される
世界一受けたい授業にて、

伊集院静さんが生き方術を教えるということで、どの様な過去や経歴があるのかと気になり調べてみましたので、記事にまとめさせて頂きました。

伊集院静とは?

出典:https://mainichi.jp/

本名:西山 忠来(にしやま ただき)
作家名:伊集院 静(いじゅういん しずか)
作詞家名:伊達 歩(だて あゆみ)

元韓国籍で日本に帰化前の氏名は、チョ・チュンネ(朝鮮語:조 충래、漢字表記:趙 忠來)
という名前でした。
生年月日:1950年2月9日(69歳)
最終学歴:立教大学文学部日本文学科
作家,作詞家の活動期間:1981年から現在まで

趣味・嗜好
趣味は野球観戦、麻雀、競馬、競輪、ボクシング、美術鑑賞、ゴルフ

山口県防府市出身の在日韓国人2世のため韓国の名前だったが、日本に帰化した際に改名した。
当初は義兄の高橋明さんが、読売ジャイアンツの選手だった影響で、美術大学から立教大学に進路を変更しました。

卒業後は広告代理店電通勤務を経てCMディレクターになり、その時に最初の夫人と結婚し、二児を授かりますが1980年に離婚しました。
1980年に『小説現代』に『皐月』を発表し作家デビューをしました。
1984年には女優の夏目 雅子さんと7年の不倫交際の後再婚しましたが、1985年9月11日に夏目さんが先立って死去しました。
夏目さんの死後は、伊集院さんはしばらく表舞台から姿を消し、喧嘩やギャンブル、酒におぼれる生活を送りました。
その後に、作詞家としても活躍することになりました。
また、1992年には、篠ひろ子さんと再婚し現在にまで至ります。

受賞歴

  • 1991年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞
  • 1992年『受け月』で第107回直木賞
  • 1994年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞
  • 2001年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞
  • 2014年『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』で第18回司馬遼太郎賞
  • 2016年、紫綬褒章[

伊集院静さんが体験した過去

伊集院静さんは、夏目さんの没後25年目に『真っ白な壁』と題した彼女の思い出についての手記を執筆されています。
今までに、エッセイ、小説を含めても、夏目雅子さんをモデルに書かれたものは少なく、執筆に至った経緯として、「今の妻の両親が亡くなって3年経った。両親が生きている間は書かないと約束していた」と語っています。
また、夏目さんが闘病中、1億円程の治療費があれば米国での手術も受けさせる事が出来ましたが、当時の伊集院さんにはその金額が用意できず、それから「二度と金で揺さぶられる人生はしない、どれだけ金を積んできてもビクとも動かない生き方をしていこう」と誓ったそうです。
夏目さんと思い出には、結婚前に7年間過ごした下宿先であり、夏目さんと愛を育んだ場所である、神奈川県の逗子なぎさホテルなどがあります。

住居に関しては、現在の妻である篠ひろ子さんの出身地である、宮城県仙台市に1996年から共に居住しています。
しかし、東京でのホテル住まいや、取材での国外滞在も多く、仙台に居るのは1年の内に1ヵ月程度しかいませんでした。
また、あるエッセイの方では、東京について生涯のほとんどを過ごしているにも拘らず、未だになじむことができず、故郷・防府に対しても「安堵はない」と語っています。
仙台に至っては、犬が中心の家の片隅で仕事と競輪をやっているだけと書かれています。

2011年3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震の際には、主な被災地のひとつであった仙台遭遇し、家族や犬らと共に暫くの間被災地生活を経験しています。

まとめ

  1. 伊集院静とは?
  2. 受賞歴
  3. 伊集院静さんが体験した過去
  4. まとめ

今回の記事は以上の4項目となっています。

伊集院静さんは、元韓国国籍だったということで、もしかしたらその時の苦労などもあるかもしれませんが、私の予測としては、夏目さんとの出来事が伊集院静さんの人生を大きく変える出来事であったと思います。

また、2011年に体験した東北地方太平洋沖地震の方でも、色々と感じさせる出来事があったと考えられます。

色々と経験している伊集院静さんの生き方術は、今後私達の人生に役立つかもしれないですね。

以上が今回私が伊集院静さんを調べた、経歴と過去になります。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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